岡山地方裁判所 昭和31年(行)18号 判決 1964年2月25日
原告 三崎豊夫
被告 湯原町長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は
「岡山県真庭郡旧二川村長片山茂が昭和三一年五月一三日の同村採草地払下裁定委員会の裁定に基いてなした、原告は同村採草地払下要綱第三条所定の条件を具備しないとの裁決はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求め、
請求原因として
「一、岡山県真庭郡旧二川村はその所有採草地を村民に無償貸与して使用させていたが、同村長片山茂は昭和三〇年九月頃二川村採草地払下要綱を定めて右採草地を村民に払下げることになつた。
しかして右要綱第三条には払下を受ける資格を有するのは左の各条件を具備するものとする旨定められている。
(1) 昭和三〇年一月一日現在二川村に世帯を持つもの
(2) 過去三ケ年本村に居住して村民税を納付したもの
(3) 村の公租公課を完納したもの
(4) 通常一戸として部落勤めを済せているもの
(5) 林野払下を希望するもの
二、そこで原告は昭和三〇年一一月一七日頃同村長片山に対し所定の申請書をもつて右採草地払下の申請をしたところ、同村長は原告を払下を受ける有資格者から除外したまゝ払下手続を進めたので、原告は前記要綱第一〇条に基き、払下に関する事項を審議し、または紛議を裁定するため同村会議員全員をもつて設置された裁定委員会に対し不服を申立てたが、同委員会は同三一年五月一三日原告は要綱第三条所定の条件を具備せず、払下を受ける資格はないとの裁定をしてその旨同村長に答申し、同村長はその頃右答申に基いて同旨の裁決をした。
これに対し原告は同年六月一日同村長に対し、また同年七月三日右裁定委員会に対しそれぞれ異議を申立てたが、村長および委員会はいずれも何ら応答をしない。
三、しかしながら原告は大正元年同村に生れ、昭和二四年父三崎伝治郎のもとから分家して同一家屋内においてではあるけれども独立の世帯をもち、爾来同村に居住して父伝治郎とは別個に村民税その他村の公租公課を完納するのはもちろんのこと、その所属する山田部落の道造りその他の労務に出役し、部落費・共同募金等の金銭的負担に応じ、冠婚葬祭に列席するとともに、同部落牧野管理組合の副組合長として部落のために世話をしてきたものであるから、要綱第三条所定の条件はすべて具備しており、したがつて採草地の払下を受ける資格を有しているものというべく、これを有していないとする前記委員会の裁定に基いてなした同村長の前記裁決は右要綱の規定に反して違法がある。
四、ところで同村は昭和三一年九月三〇日湯原町と合併して、同村の権利義務はすべて同町が承継したので、原告は被告に対し同村長片山茂のなした前記裁決の取消を求める。」
と述べた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は本案前の申立として主文同旨の判決を求め、その理由として
「一、原告は本訴において湯原町長を被告とし、同町長のなした払下裁定の取消を求めるのであるが、湯原町長は湯原町の機関であつて行政事件訴訟特例法一条にいう行政庁にあたらず、しかして同法同条にいう行政庁の処分は機関の行為を含まない。
二、また旧二川村のおこなつた村有採草地払下は私法上の売買(私法行為)であつて、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分すなわち行政行為ではない。
(1) 抗告訴訟の対象となる行政行為は行政庁が公権力の行使としてなす一方的行為であるところ、旧二川村がおこなつた村有採草地の払下は、同村が財産権の主体として、私人たる村民と対等の立場においてなした私法上の売買であつて、同村が公権力の行使としてなした一方的行為ではない。
(2) もつとも右払下は同村議会の議決を経て制定された採草地払下要綱にもとずいてなされたが、右要綱は採草地が村の基本財産であつて、その処分については村議会の議決を要するため慎重を期し、かつ村民に利益を公平に均てんさせるために払下の方法、基準、相手方等売買契約の標準を定めたものにすぎず、同村条例でないことはもちろん同村長の規則でもないから、同村がこれにもとずいて払下をしたとしても、右払下が私法行為たることにかわりはない。村民としては右要綱所定の資格を有していても払下を希望しなければその申込をしなければよいのであつて、村が村民に対して高権的、一方的に強制するものではない。
(3) また右払下は村議会の議決を経ることを要件とするが、これは単に払下の効果の発生が他の行政行為の存在にかからしめられているにすぎず、これによつて私法行為たる払下が行政行為となるいわれはない。
(4) 以上の次第で旧二川村の採草地払下が右要綱の規定に違背し、あるいは裁定委員会の裁定ないしこれにもとずく同村長の裁決が不公平であつても、抗告訴訟としてこれが是正を求めることは許されない。
三、かりに払下が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしても、原告の本件訴は出訴期間経過後に提起されたものである。」
と述べ、
本案の申立として
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求め
答弁として
「一、請求原因第一項の事実中旧二川村長片山茂が本件払下をなしたとの点を除きその余の事実は認める。
二、同第二項の事実は認める。
三、同第三項の事実中原告が大正元年旧二川村に生れ、爾来同村に居住していることは認めるが、その余の事実は否認する。」
と答え
その主張として
「一、原告は父三崎伝治郎の世帯構成員であつて、独立の世帯を持つものではなく、払下要綱第三条所定の条件を具備していなかつたから原告に対しては払下をしなかつたものである。
二、かりに原告が同要綱第三条所定の条件を具備しており、したがつて原告に対して払下をしなかつた被告の処分が右条項に違背しているとしても、本案前の申立の理由として述べたとおり右要綱は法規ではないから、処分が違法であるとはいえず、したがつてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当である。」
と述べた。
(証拠省略)
理由
原告は岡山県真庭郡旧二川村(後に同郡湯原町と合併)がおこなつた同村有採草地の払下が抗告訴訟の対象となる行政処分であることを前提として、原告がなした右払下の申請を却下した同村長の処分の取消を求めるので、まず右の前提問題について判断する。
弁論の全趣旨によれば旧二川村有の本件採草地は地方自治法(昭和三八年法律第九九号による改正以前のもの、以下同)第二〇八条一項にいう基本財産に該るものであることが明らかであるところ、右基本財産はもつぱらその経済的価値において地方公共団体の資産を構成する財産であつて、いわば地方公共団体の私産に属するものであるから、これが管理・処分についての対外的法律関係は、右財産権の主体としての地方公共団体が私人として、同等の立場にある一般私人と経済的価値の授受を目的として相対する私法関係であるのを原則とするというべきである。
もつとも同法第二一三条一項によれば、地方公共団体は法律またはこれにもとずく政令に特別の定があるものを除く外、財産の取得・管理および処分に関する事項は条例でこれを定めなければならないと規定されているところから、右の規定によつて一般の契約自由の原則が制約をうけることもありうるが、右は住民の利益実現に奉仕するという地方自治の原則から、管理処分者である地方公共団体の恣意を抑制してその適正を期するためにもうけられたものと解すべきであつて、これがために地方公共団体の財産の管理・処分行為が対外的関係において私法行為たる性質を失うものではなく、他に右の管理・処分行為が行政庁の公権力の行使としてなされるものであると解さなければならない根拠はない。
また旧二川村は、本件採草地を払い下げるにあたつて、二川村採草地払下要綱(甲第一号証)を制定し、右要綱には、払い下げの相手方、その相手方である単位林野管理組合の組合員となることのできる資格条件、払い下げの申請方式および基準、対価の支払方法、払い下げに関する紛争裁定機関の設置等に関する条項が規定されているが、証人片山茂の証言(第二回)によれば、二川村では、同村の条例上基本財産の処分には村議会の議決を必要とされていたが、本件採草地の払い下げについて事前に議決を受けるにあたり、払い下げの具体的内容が定まつていなかつたため、払い下げの方針として前記要綱を定めて議決を受けたものであつて、右要綱は条例や規則には該当しないものであることが認められるから、二川村長は、右要綱に従つて払い下げの事務を処理することを議会に対して責任を負うことにはなつても、それは内部関係における村長の権限の問題であつて、基本財産の払い下げ行為の性質が私法上の行為であることを変更する根拠とはなりえない。
以上を要するに、旧二川村のおこなつた本件採草地の払下は、同村が私人たる財産権の主体としての立場で、同等の立場にある同じく私人たる村民との間においてなした売買(私法行為)にすぎないというべく、原告に対して払下をしないとの同村長の処分は、その実質は本件採草地についての原告の売買契約の申込を拒否した意思表示にすぎない。
そうすると右払下が旧二川村の行政処分であることを前提として、被告に対し原告の払下申請を却下した同村長の処分の取消を求める原告の本件訴はその余の主張について判断するまでもなく不適法として却下を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柚木淳 井関浩 金野俊雄)